頭の中に種をまく

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機能はいつから機能になるのか? - 書評: 戸田山和久『哲学入門』 (2)

戸田山和久『哲学入門』の第1章について。この章の題は「意味」で、これをいかに唯物論的な世界に位置づけるかということを巡って論が進みます。

 

話しの中心はミリカンの「目的論的意味論」で、これももちろん非常にスリリングであったのですが、私にとっては意味の理解(あるいは心というもの)が生存し欲求をもつことを前提としているという議論が大変面白く思いました。詳細は信原幸弘の論文を参照せよとのことで、具体的な論理は書かれていなかったので、それもまた読まねばなりません。ただ、それを読んでいなくとも、自身の問題をもつことが心をもつことの条件であるということは、考えたこともなかったのですが言われてみるとしっくりとするように感じます。

 

目的論的意味論についても、面白いと思う一方で、原文にあたったことがないので分かりかねるところが多々あります。たとえば、突然変異で生じたばかりの新しい機能(のようなもの)があったとして、時間が経っていないためにその変異が淘汰に生き残るために有利に働くかどうかが未確定の場合、それを「機能」と呼んでいいのかどうか。

 

SがもつアイテムAがBという本来の機能をもつ ⇔ SにAが存在しているのは、Sの先祖においてAがBという効果を果たしたことが、生存上の有利さを先祖たちにもたらしてきたことの結果である。

 

という(本来の)機能の定義からすると、生存上の有利さをいまだもたらしていないものは、まだ機能とは呼べないことになりそうですが、とくにその機能(のようなもの)が果たす役割が明らかに大きそうな場合は、それを機能とみなさないことは直観に反するような気がします。それに、機能が機能として認められるにはどのような条件を達成すればよいのか、すなわち、「生存上の有利さを先祖たちにもたらしてきた」かどうかをどのように判断するのか、決められるのでしょうか?

 

哲学が、学ぶことで新たな問いを誘発するものであるなら、この本は大変面白い哲学書であると思います。

 

 

哲学入門 (ちくま新書)

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