頭の中に種をまく

その時々に読んだもの、見たもの、聞いたものについて考え、紹介します。

読み書きできることと、論理的に読み書きできるということ

一年ほど前にMOOCSというものを知ってから、gaccoやFisdomで面白そうな講座を見つけては受講登録をしています。実際に受けてみると、内容が期待していたものとは違って途中で受講をやめてしまうことも多いのですが、一通りの講義を視聴し、課題を提出すると、仕事をなし終えたときのような爽快感があります。

 

さて、MOOCSの講座の中には、レポートの採点を、受講者が相互に行うことになっているものがあります。たとえば、自分の書いたレポートが他の受講者三名に採点され、各項目につき、三名がそれぞれ与えた得点の中央値が自分の点数になる、といったものです。私が提出した課題に「誤字脱字がない」という採点項目があったとして、一人が3点、残り二人が2点をつけたとしたら、私の得点は2点となります。

 

こうした課題の採点をしていると、私が大学生だったころの、ある教授の言葉が頭をよぎりました。それは、「日本人は識字率がほぼ100%だと言われているが、正しく文章を読める人はあまりいないし、論理的に文章がかける人となると希少である」というものです。日本語の体裁をしていながら、何が言われているのか理解できない文があまりに多い。

 

私自身、必ずしも論理的な文章を書けているとは思いません。文章を書いて、一晩寝かせて翌朝読み返してみると、自分の書いたものでありながら理解するのにひどく苦労することがあります。それでも、あるいは、そうであるからこそ、言葉よりも一段基礎的なところにある論理というものが、世の中でもっと大事にされるべきだと思わずにはいられません。